お局様とのストーリーはいかがでしたでしょうか?

物理的な暴力はないものの、行動が制限されたような気がして苦しかったですね。
でも仕事はちゃんとしてました、当たり前ですが(笑)

うまくいかないことも多かったですが、仕事自体や仕事にかかわる人とは楽しく仕事をしていました。

今回は仕事の様子と、最初に感じた自分の身体への異変をお話します。

入社3か月の仕事と出張

入社した瞬間に仕事内容が一変。
イベントのゼロからの企画から、既存のイベントの運営などをほぼ一人で回すことになりました。

お局様とは同じ仕事を組んでやることも多かったのですが、お局様は経理の仕事も兼任されているので、私が将来的に一人でやることは聞かされていました。

入社したその日からほぼ一人で運営をし、わからないことがあればお局様に聞いてやる、という感じでした。
週に1回は社長に企画を提出しましたが、通ったことはありませんでした。

今思えば企画としては不十分だったので、努力が足りなかったと反省しています。
もっとたくさんの本を読み、毎日自宅で企画書を書くくらいするべきでしたね。

企画を落とされるたびに、社長から「こんな企画なら、お前なんていらない」と言われ続けました。
そのあと、社長の思い付きの企画の仕事を仕上げ、仕上げては「そんなこと言った?」と消えていく仕事。

さすがに見かねてお局様がフォローしてくれましたが、私の仕事が帰ってくることはありませんでした。

夏に社長とお局様と3人で1泊2日で行く出張がありましたが、これが地獄でした。

運転免許を持っていないことをとがめられ、免許なんてなくていいから運転の練習をしろと運転を強要されそうになりました。
車移動中は、「カナが運転できれば…」とため息をつかれ、「運転もできないのにつれてくる意味がない」と言われ続けました。

しぶしぶなら、連れて行かなくても良かったのでは?と今でも疑問です。
何をしても「気が回らない」「役に立たない」と言われ、体がすくんで、ご飯さえのどを通りませんでした。

そう、このあたりでも異変はあったのです。

食事時の異変

出張の前あたりから異変が始まりました。
入社から3か月程度だったので、5月病か夏バテの類かと最初は思っていました。

気づいたのはある日のお昼ごはん。
なんとかお局様への「お昼いただきます」宣言をクリアしたあと、家から作ってきたおにぎりを口にした時です。
何も、味がしなかったのです。

あれ、塩を振るのを忘れたのか?この鮭フレークは減塩だったのか?と思うほどでした。
水を飲むような、それよりももっと味がしなかったのです。

家に帰ってご飯を食べるといつも通り。
コンビニで買った菓子パンもいつも通りのおいしさ。

会社で食べるお昼ごはんだけが驚くくらい味がしないのです。
味の切れたガムを無理やり飲み込んでいるような感じでした。

動けない日々…

会社はシフト制で、だいたい7~10日くらいで休日を迎えていました。
あまり休日が少ないとお局様がなぜかキレるのです。

休日は本当に何もできませんでした。
めまいと吐き気がひどく、全く動けない状態です。

かといって、眠いわけではないのでただ横になっているだけです。
休日は大学時代にお世話になった施設に遊びに行ったりしていたのですが、それも月に1回行くか、会社帰りに行くくらいに減りました。

とにかく休みの日は家から出られなかったのです。

会社でも動けなくなりました。
無気力というわけではなく、お茶を出そうとするのですが、また失敗するのでは?と手が震えて茶碗を持つのもままならなくなったり、電話は私が出ないといけなかったのですが、出ようとするも声が出にくくなったりしたこともありました。

すべての行動が否定されるような気がして、もう会社でどうやって息をしているのかもわからない、そんな状態でした。

これが最初の異変でした

ご飯の味がしない、休日の体調不良と無気力状態。
これが、最初の異変でした。

それでも気のせいだと思い込ませて仕事に打ち込んでいました。
うまくいかない仕事も、全部自分のせいで、結局自分がストレスになっているのだから、もっと頑張らないと、と奮い立たせていました。

そうしているうちに、やはり体調の悪さは目に見えて現れ始めました。

会社でもふらつくようになり、もともと色白だったのですが、化粧でも隠せないくらい顔色が悪くなり、親会社でも話題になるくらいでした。
そうして、さらなる事件が起こるのです。

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